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NOBUKO KANNO

NOBUKO KANNONOBUKO KANNO

Nobuko Kanno (nono)

褒められたい、応援されたい、話をもっと親身になって聴いてほしい、そんな人がいたらいいなとずっと思っていた。でも実際、心から褒めてくれたり、応援してくれる人って全然いないと感じていた。大人も友達も、みんなその時は聴いているように見えるけど、次会ったときに「そんな話してたっけ?」と言って忘れてたり、話している途中に他の作業をやりながら聴いていたり。腹を割って話したのに、「そんなに興味が無かったのかな」と悲しい思いをたくさしてきた。「そんなことなら自分のことをあまり話さなければ良かった」と後悔する日がたくさんあった。それから人の話を聴くことに専念するようになった。自分の話をして、その気持ちを蔑ろにされるのがすごく嫌だったから。


そんなある日自分は人の話は聴いてあげようと心に誓った。「もし自分だったら、どんなふうに対応してほしいだろう」と真剣に考え模索するようになっていった。私は、自分がしてきた“嫌な思い”を、できるだけ誰にも味わってほしくないと思うになり、「もし自分だったら、こうやって聴いてもらえたら嬉しいな」と感じるようになった。


目を見てジャッジしないで、首を縦に振りながら、ちゃんと心で聴いているよっていう態度で話を聴く。必要な時は、褒めたり、応援の言葉をかけてそばに寄り添う。常にどういう形で声かけたら相手の気持ちに寄り添えるかなと考えならが人と接するようになった。

腹を割って話せるほど人を信用できないし、人に話を聴いて欲しいでも自分の話をジャッジされたり、他の人に言いふらされたりするのがすごく怖わかった。自分らしい発言、自分らしい生き方すら出来なかった。本当は「こう思っている」と心の中で感じていても、 その想いを言葉にしたり、行動にうつすことが怖くてできなかった。


そう生きている時は、負のサイクルにハマって自分らしくいられない、自分に自信が持てない、そんな自分が大嫌い、すごく疲れる、等 思考もネガティブのループにどハマり。その時は何をどうしていいのか分からないし、毎日の出来事に一喜一憂、自分の感情は周りに振り回されっぱなし。自分がない状態で、何か起こるたびに人のせいにして、自分の感情すら、すべて外側の出来事や人によって左右されていた。そんな時期が、長く私にもありました。


自分は誰のために、

何のために生きているのだろう。


人のために生きることはいいこととされている。でも自分がない状態で、人のために生きるのは正直すごく疲れるだけ。

自分のために生きる。生きがいとは、自分が情熱を注いで取り組んでいることで、自分の内側から喜びが湧き上がると同時に、その行動が他の人々にも喜びを与えること。その喜びが生まれた時に人は自分のために、そして他のために生きることができるのではないのか?


自分の人生の舵は自分で取ることによって、よりイキイキとして自分らしく歩んでいける。周りが舵を取る人生だと、自分がどこにいるのか分からなくなって、そこに使命や生きがいを見いだせない。あの辛かった時の自分が必要としていた場所を作りたい。安心安全で、話を聴いてくれる、共感してくれる、「大丈夫だよ、あなたなら絶対にできるよ」って応援してもらえる場所。


誰かが話を真剣に聴いて共感してくれて、支えてくれて、応援しれくれたら、自分が忘れていた本来の自分を思い出し、必ず私たちの中にある無限な可能性が溢れ出してくる。


私はそう信じています。


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